- 49 --6-報告要旨奄美大島の住民は「ネコ問題」をどうとらえているか鈴 木 真理子(鹿児島大学国際島嶼教育研究センター)豆 野 皓 太(北海道大学農学部)久 保 雄 広(国立環境研究所生物・生態系環境センター) もともとペットとして日本に持ち込まれたネコが野生化し、全国で在来種の脅威となっています。奄美大島でも希少種が捕食されていることがわかっており、ここ数年で問題が顕在化してきました。特に、奄美大島のような山と人家が近接している地域では、完全に野生化したノネコだけでなく、人に餌をもらっている野良猫なども含めて管理する必要があると考えられます。これらの管理には地域住民の理解と協力が必要不可欠です。このシンポジウム開催にあたって、鹿児島大学奄美分室では北海道大学と国立環境研究所と共同で、奄美大島の住民を対象にネコとその管理に関する意識調査をおこなうことにしました。聞き取り調査により、ノネコや野良猫に関する住民の考え方や現在行われている対策に対する認識度合・許容度などの情報を収集し、奄美大島の現状と特有の問題点を明らかにしたいと考えました。 本調査は奄美大島各市町村の高校生以上の住民を対象に、質問票を用いて対面でおこないました。2015年8月から11月の間に、約80人の方にお話を聞くことができました。結果: ◆ネコがいることについて市街地や集落では約5割、奥山では約7割の人が望ましくないと回答した。 ◆集落の野良猫に関しては「高齢者の癒しである」「いないのもさびしい」などの意見があった。 ◆希少種の捕食については9割が問題だと回答した。 ◆奄美の自然に対するイメージを自由回答してもらうと、多くの方が動植物の希少性を指摘した。 ◆ 管理方法としてそれぞれ支持できるかとの質問には、里親探しには7割、TNR※(不妊手術後放獣)には4割、殺処分には2割の人が支持すると回答した。 ◆放し飼いについては、5割が望ましくないと答え、2割が望ましいと答えた。 ◆ <ノネコの問題をどう考えるか>という自由回答設問に対して「飼い主の責任」「マナー」などの捨て猫に関する回答が比較的多かった。積極的に人間が関与すべきであるとの声も多かった。 以上の結果より、多くの人がネコ(特にノネコ)について何らかの管理をすべきであると考えていることがわかりました。また、ノネコ問題の根源が飼い猫の山への放棄であると認識していることもわかりました。一方でネコは外来種というよりは身近な愛玩動物という認識が強く、奥山でも殺処分は支持されませんでした。里親探しは現状として最も費用のかかる事業になると考えられます。TNR※も費用がかかるだけでなくそこに住む住民の方の理解と協力がなければ成り立ちません。今回の調査で、奄美大島の自然の価値を理解し守っていかなければならないと考えている人が多いことがわかりました。特に奥山に生息するノネコに関しては、理解が得られる可能性が高いと考えられます。集落部にいる野良猫による希少種捕食とその影響力については、まだ情報不足のためか深刻に捉える方は多くない印象でした。また、「高齢者の癒し」などの意見が聞かれるように、地域の過疎問題としての側面も持っていると考えられます。野良猫の問題を含めたノネコ対策を進めるうえでは、様々な立場の住民と管理をする側である行政がこれらの情報を共有し、話し合っていく体制を作っていくことが必要だと考えられます。※TNR・・・Trap Neuter Returnの略。不妊手術をして、元いた場所に放獣すること。 (3)報告要旨-7-報告要旨「ノネコ問題」を考える視点 と 鹿大・鹿児島環境学研究会の取組み鹿児島大学鹿児島環境学研究会 小 栗 有 子 准教授 鹿児島環境学研究会では、9回にわたり研究会を重ね、奄美大島における「ノネコ問題」について考えてきました。検討内容は多岐にわたり、全部を扱うことはできませんが、その中から「ノネコ問題」を考える上で我々が大事だと考える視点を提起したいと思います。1.多様な側面をもつ「ノネコ問題」 「ノネコ問題」は、どの立場や視点に立つかによって問題の見え方が変わってきます。立場や視点の違いを分類すると、少なくとも次の3つに整理することができます。第一の視点〈人間側〉の視点と〈ネコ側〉・〈野生生物側〉の視点に立つ場合(たとえば、ネコの問題行動とみなす糞・騒音・捕食等も、ネコにとっては正常な行動)第二の視点〈人間側〉にある立場の違い(たとえば、猫が好きな人と嫌いな人、関心がある人とない人、職業や居住場所の違いなどが、見え方に影響を与える)第三の視点〈時間のものさし〉による違い(長期と短期、〈昔〉-〈今〉-〈未来〉) ここで提起したいことは、一言に「ノネコ問題」といっても、人によってその見え方が異なっている場合が少なくないということです。その違いに気づかないまま「ノネコ問題」の是非や解決策を議論しても意見は噛み合いません。まずは、「ノネコ問題」とはどういう問題なのかを上記の視点を確認し合い、問題を捉えるものさしを合わせることが大事です。2.「ノネコ問題」の核心にある問題 どこから眺めるかによって問題の見え方は違いますが、1.の視点を重ねることで見えてくることがあります。それは、「ノネコ問題」が、単なる「猫」の話や「一部の人」の話ではなく、奄美の将来を左右する問題であるということです。なぜならば、これまで何千年という間、奄美の先人たちが守り、育んできた森や野生動物とのかかわりを今後とも継承し、人類の遺産として残すのか残さないのか、という選択の岐路にあるからです。人々の生活様式や行動選択の変化に伴い、〈「人」と「ネコ」が暮らす里〉と〈「野生生物」が暮らす奥山〉の乱れた関係をこのまま放置するのか、あるいは、創造的な方法で修復するのかが問われているのです。この選択ができるのは、唯一、今の時代に奄美で暮らしている方々です。3.「人」・「ネコ」・「野生生物」の関係修復への道筋 ひとたび崩れた自然界のバランスを元に戻そうとすると、緊急事態に対する「外科手術的な対応」と、緩やかに体質改善を目指す「漢方療法的な対応」の両方が必要になると思います。また、国や地元自治体の行政施策に基づく大胆な取り組みと、住民の日々の営みによる地道な積み重ねが大切になってきます。現実的には、法律の規制と人々の自発的な行動のバランスや公的資金の投入による費用対効果の検討と選択が避けられません。 ただし、これらの選択をするために必要十分なデーターの蓄積や情報の共有がなされているとはいえません。また、いかなる価値規範に基づき「人」・「ネコ」・「野生生物」の新たな関係を築いていくのかの議論も尽くせておりません。今後は、行政と住民、都市と農村、子どもと大人など多様な関係者が協力し合える「住民参加型の調査」などの共同作業を通じて地域の合意を形成していく活動が有効だと考えます。大学としては、足で情報を稼ぎ、地元の方とはもちろんのこと、全国に散らばる「知」を奄美に結集させて議論を深め、奄美の取り組みを全国へ発信していきたいと考えています。
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