平成25年度地域の環境文化に依拠した自然遺産のあり方に関する調査検討業務報告書
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214 第Ⅵ章 環境文化に依拠した世界自然遺産のあり方の提案 環境文化に依拠した世界自然遺産のあり方の提案 岡野隆宏(鹿児島大学教育センター) 1.世界遺産の効果と課題 地域づくりのツールとして期待される世界遺産。世界自然遺産は地域に何をもたらすのか。第Ⅲ章で述べた屋久島など既存登録地の例も踏まえて世界遺産の効果について整理する。 まずは、推薦を考える過程においては、地域の自然の見直しが進み、その価値に気づく効果が見られる。また、多様な関係者が同じテーブルにつき、地域の自然の保全と活用について議論が交わされ、自然を守る仕組みが整っていく。奄美群島では、世界遺産に向けた協議会が設立されたり、飼い猫の適正飼養条例や希少種の保護条例が制定されたりしている。さらに、国立公園や森林生態系保護地域など、法令等によって改変行為が制限される保護地域の設定も進められている。 登録後に見られる効果として、地域の持つ国際的な価値が認識され、地域に誇りをもたらす。地域に対する誇りは、保全意識の向上や保全活動の活発化につながる。また、知名度が格段に向上することで、訪れる観光客が増加し、地場産品にも付加価値を生じさせる。国内だけでなく国際的にも世界遺産は今や憧れの観光地だ。ただ、世界遺産になっただけでは観光客の増加は一時的である。持続的に観光客を呼び込むためには、縄文杉ガイドツアーのような新たな観光プログラムの開発が必要となる。 国がその保全に責任を持たなければならないのも世界遺産の特徴である。このため、省庁連携が促され、分野横断的な取り組みが進みやすくなる。わが国の自然遺産で行われている世界遺産地域連絡会議と世界遺産地域科学委員会の設置による合意形成と科学的に知見に基づく保護管理は、日本の国立公園などの保護地域における先駆的な取組みであり、国際的にも評価が高い。地域連絡会議は、関係行政機関(環境省、林野庁、都道県、市町村など)と地域の関係団体で構成され、適正な管理のあり方の検討や関係機関の連絡・調整が行われている。科学委員会は学識経験者で構成され、自然環境の保全・管理等について科学的な見地からの検討を行い、世界遺産を管理する関係行政機関に助言を行っている。両者が連携協力することで、科学的知見に基づく順応的管理1が試みられている。 一方で、世界遺産への登録は、全人類共通の財産になることを意味する。このことによって、地域の自然のことが地域だけで決められなくなる懸念がある。また、世界遺産によってもたらされる外部からのまなざしが特定の場所や価値にだけに集まると、一部の観光業に利益が集中し、ほとんどの地域住民が恩恵を感じられないということにもなりかねない。さらに特定の場所に無秩序に観光客が増加すれば、自然環境への負荷を増大させ、外来種の侵入などの問題を引き起こす。 世界遺産の審査は厳しい。その厳しさが国と地域に誇りと自覚を与え、奄美の特徴ある自然と文化と地域の暮らしを、誇りをもって将来に引き継いでいくための仕組みづくりを促すのである。 1順応的管理とは生態系は複雑で絶えず変化し続けているものであるといことを認識し、生態系の構造と機能を維持できる範囲内で自然資源の管理や利用をおこなうために、変化の予測やモニタリングを実施し、管理や利用方法の柔軟な見直しを行う管理手法。

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