170 第Ⅳ章 環境文化の先進地である屋久島の20年の検証 環境文化村構想と屋久島の20年 岡野隆宏(鹿児島大学教育センター) 1.屋久島の自然 わが国初の世界自然遺産として、白神山地とともに1993年12月に登録された屋久島は、九州の南端からさらに南に60km、周囲130kmのほぼ円形の島である。黒潮洗う海から突き出た岩山で、九州の最高峰である宮之浦岳(1,936m)をはじめとして、1500m以上の山が11も連なり、「洋上アルプス」とも呼ばれている。暖かい海からわき上がった水蒸気は、そそり立つ山にぶつかり、平地で年間4,000mm、山岳部では年間10,000mmを超える大量の雨をもたらす。 平地の年平均気温は約19.4℃で亜熱帯に属するが、山頂付近では冬期の気温が-5℃にもなり、積雪が見られる。気温の変化に伴い植物の種類、森の姿が変わり、海岸付近の亜熱帯植生から、暖温帯植生、冷温帯植生を経て、山頂付近の亜高山帯植生に至る多様な植生が見られる。このような標高による植物の分布を「植生の垂直分布」といい、屋久島が世界遺産に登録された理由のひとつである。 屋久島といえば縄文杉が有名である。樹齢7,000年ともいわれるスギの巨木である。わが国のスギの寿命は最大800年程度とされているが、雨が非常に多く湿度の高い屋久島では、天然スギの成長は非常に遅く、樹脂が豊富で年輪が緻密であるため腐りにくく、樹齢が1000年を超えることも珍しくない。屋久島では、樹齢1000年以上の天然スギを「ヤクスギ」、1000年未満の天然スギを「コスギ」と区別して呼んでいる。縄文杉はヤクスギの一本である。この巨大なヤクスギを含む独特の森の景観が、世界遺産に登録されたもうひとつの理由である。 2.屋久島環境文化村構想 屋久島の世界遺産登録を論ずるにあたって、エポックとなった重要なものに1992年に策定された屋久島環境文化村構想がある。屋久島で育まれた人と自然のかかわりの歴史的蓄積を「環境文化」として評価し、これを活かした環境学習を先導的事業として、新たな地域づくりをめざしたものである。本構想を推進するひとつの仕掛けが世界遺産登録であった。 屋久島環境文化村構想は、鹿児島県政の基本的計画となる「鹿児島県総合基本計画」(平成3年度~12年度)の戦略プロジェクトの一つとして、また「21世紀新かごしま総合計画」(平成13年度~22年度)の主要プロジェクトの一つとして、位置付けられていた。 国際的にも学術的にも評価の高い自然環境とその自然を損なうことなく何千年にもわたって積み重ねられてきた屋久島特有の生活文化(これを「環境文化」と呼んでいる。)をイメージとして掲げ、環境学習や研究によってその価値を見直すことをとおして、屋久島の自然環境を保護しながら、屋久島に住む人々の経済的な豊かさにもつなげていこうとする、屋久島ならではの自然と人とが共生する個性的な地域づくりの試みである。 本構想の特徴を私なりに3点挙げたい。 ひとつは、構想策定のアプローチである。策定過程そのものを事業の一部として捉え、
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