平成21年度「自然共生型地域づくりの観点に立った世界自然遺産のあり方に関する検討業務」報告書
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69 (6)遺産登録にむけた環境保全施策の変化 前項で述べたように、遺産登録にむけた環境関連施策の進捗は今後に待たなければならないが、注目すべき動きとして環境省が一昨年から始めた奄美の国立公園指定関連委員会での議論、報告がある。 1)生態系管理・環境文化型の国立公園の検討 2008年環境省主催の委員会報告がまとめられた。奄美の世界遺産、その前提としての国立公園への提言である。その大きな方向は、「生態系型」と「環境文化型」の国立公園を目指すというものであった。1934年の第1号指定以来、国立公園の考え方は日本を代表するスケールの大きな自然の大風景を対象とするというものである。したがって奄美に関する上記の考え方は、この文脈からはきわめて異例のものである。そもそも照葉樹林帯を主たる対象として国立公園にした例(一部が照葉樹林帯というのはあるが)は過去にない。戦前の台湾の3国立公園にもない。伝統的な国立公園としては、せいぜい数百メートルの山地は国立公園の風景としてはこれまで認めてこなかったのである。生態系を重視するとの国立公園の考え方は、昭和40年代半ばから徐々に内部化されていったが、生態系そのものを公園の中心の資源と捉え指定するのは奄美がほぼ初めてである。奄美の自然の特徴は何よりもその濃密な生態系、そこに生息する多様で特異な種たちにあり、それらがつくり上げる風景がいまや国立公園としての新しい風景でもある認識するということなのだ。また、環境文化とは、そもそも奄美の風景は人間と自然が渾然一体とする中で成立してきたものであり、その全体としてのあり様そのものが国立公園の風景、資源であるという考え方である。さらに言えば、国家や専門家によって全体の一部である自然を切り取り権威づけするのではなく、地域の側の感覚や日常性に立った公園を強く意識したものである。環境文化とは直接的には人文景観の公園としての内部化であるが、間接的には地元の風景、自然観の内部化、住民の風景への意識を重視して公園のゾーニングそのものがなされることを意味する。集落の裏山の二次林の森はそのままで価値がある。またリュウキュウマツ林や照葉樹の萌芽林は、その半ばはこれまで通りの適度な人間の干渉を認め、残り半分については原生林回復に向けて今度は人間側が積極的に関与していくことも意味している。生態系重視と環境文化重視、この2つの考え方は、局面であるいは属地的には開発事業とぶつかる場合もあるだろう。実際のところこれまでの奄美振興公共事業などによる開発面積は、累積でもせいぜい数%程度なのである。また伝統的習慣的自然利用は、おおむね保全的な管理が中心なのであって、これらについて注意を払いつつ保護地域の設定をすれば、矛盾は最小限に留めることはさほど難しくはない。そしてこうした開発と保護の、しばしば図式的対立を乗り越えるためにこそ専門家の知見、知識は有効なのである。 2)奄美振興計画における環境保全施策の位置づけ 奄美振興事業は、米軍占領からの復帰直後から継続して行われすでに半世紀を超えた。1954年から始まった奄美という地域を特別に底上げするための事業は、1946年か

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